ネットを見ていたら「日韓関係史に刻まれるべき事件、YOASOBIが『韓国の音楽TV番組に出演』の衝撃」というタイトルの記事が飛び込んできました。新聞記者として韓国エンタメに長年従事してきた者としては、当然のごとく、興味を惹かれる題名だったのです。
で、「なにが衝撃なのかなぁ」と読み進めたら、違った意味で衝撃を受けたのでした。
執筆したのは在日コリアン3世ライターの韓光勲(はん・かんふん)さん。大阪で生まれ、新聞記者として活躍された経歴を持つ方なんだそうです。
なにが衝撃かといえば、事実誤認が甚だしかったからです。しかも日韓の音楽交流に関する重大なテーマです。
2023年9月21日、日本の大人気バンド、YOASOBIが韓国のMnetで放送される番組「M COUNTDOWN」(通称エムカ)に出演した。僕が驚いたのは、日本語でヒット曲「アイドル」を披露したことである。管見の限り、韓国の音楽番組において、日本のアーティストが日本語で曲を披露するのは記憶がない。初めての試みではないか。これは日韓関係史に刻まれるべき事件だと思う。
新聞記者出身である韓さんが、どんな分野を担当していたのかは存じ上げませんが、少なくとも文化部系、特に音楽などのエンターテインメント分野ではないことは間違いないでしょう。なぜならば、韓国エンタメを取材していた方ならば、こんな文章は書かないからです。
エムカは日本でも人気の音楽番組ですし、K-POP好きな方であれば、かなり昔から番組を視聴されている方も多いと思います。そういう方は、YOASOBIが日本語で曲を披露したとしても驚くことはありません。なぜならば、エムカにはこれまで多くの日本人アーティストが出演しており、日本語で歌っているアーティストは初めてでもなんでもないからです。
2009年10月8日の倉木麻衣を皮切りに、KAT-TUN、山下智久、青山テルマ、堂本光一、SPYAIR、SEKAI NO OWARI、JO1などが出演。中には全編英語詞の楽曲を歌ったアーティストもいますが、日本語で歌っている方もおります。とりあえず、YouTubeを検索したら、山下智久とSPYAIR、JO1の動画があったので、一応貼り付けておきます。
山Pは英語詞の部分も多いのですが、日本語の歌詞でも歌っています。SPYAIRについてはバッチリ日本語で「サムライハート」(Some Like It Hot!!)を熱唱していますし、JO1も日本語です。
ちなみに、ウィキペディアで「M COUNTDOWN」の項目を調べると、「日本のアーティスト出演者一覧」という表が出ています。
繰り返しますが、K-POPに興味がある日本人の音楽ファンはよく見ている番組なので、日本のアーティストが出演して今さら日本語で全編歌ったところで、さほど驚くことはないかと…。そもそも、エムカ自体はケーブル局なので、日本語の曲を流すことも珍しくありません。これが地上波であるKBSやMBC、SBS、中でも国営放送のKBSとなれば、「事件」といえるかもしれませんけどね。
ということで、記事主さんが書いていることを全面否定して申し訳ないのですが、これは
日韓関係史に刻まれるべき事件でもなんでもありません!
わたしも元新聞記者なので、ひとこと言わせていただきたいのですが、文章を書くにあたっては、多少なりとも調べてから書いた方がいいかと思います。あるいは書き終えた後で、事実関係に誤りがないかを確認する作業をすることも必要だと思います。もちろんそれでも間違えることはあります。私の場合も同じです。ただ、今回は調べることさえしておらず、ご自身の記憶だけを頼りに記事にしているようにみえます。
そもそも、韓光勲さんは「管見の限り、韓国の音楽番組において、日本のアーティストが日本語で曲を披露するのは記憶がない。初めての試みではないか」と書いていますよね? これってかなりあいまいな憶測なわけです。
記憶がないのであれば、調べましょうよ!
わたしも「管見の限り」なんて言葉、初めて聞いたので、しっかり調べましたよ(笑)。
そうしたら、またビックリ!!
〔くだを通して見る意〕〔第一級とも言える知識人や、自分の経歴に悔い無き自信を持つトップクラスの人たちが〕個人としての△見聞(見解)を狭いものとして他人に示す謙譲語。
出典:新明解国語辞典
ほぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~!! そんな意味を持つんだ。
おそらく記事主さんは「自分の狭い見識では」というつもりで使ったんでしょうけど、この前提条件を読んだら、絶対使わなかったでしょうね。言葉というものは、使い方を間違えると大変です。
話を戻します。
先ほど書いたように、ウィキペディアを調べれば日本人の出演者一覧が出ており、そこからちょっとYouTubeを検索するだけで、エムカで日本人アーティストが日本語で歌っている映像がしっかりと見つかるわけです。要する時間は30分もかかりませんでした。私の場合、韓流新聞の編集長をしていたこともありますが、元々K-POP好きなので、エムカは毎週録画したりもしていましたし、山下智久とか堂本光一の時は確かリアルタイムで見ていたので、今回の記事を読んだ瞬間、「これは違うぞ」と感じました。それでも一応ですが、尽くせるだけのことはやってみました。
こういった記事が困るのは、もしもYahoo!のトップページに載って多くの人が読んでしまった場合、YOASOBIが韓国の音楽番組で初めて日本語で歌ったアーティストである、という事実と違うことが、誤って記憶されてしまう危険性があることです。
メディアの場合、特に新聞社の場合であれば、記者が書いた原稿をデスクがまずチェックし手直しし、ゲラになった段階ではさらに編集局の多くの人がチェックして、疑問に感じた部分は再度確認するよう、指令が出ます。そういって事実誤認などのミスを防ぐわけですが、おそらくJBpressさんのデスクさんは(いるかどうかはわかりませんが)、疑問に感じなかったのでしょうね。そこも残念です。
記事の冒頭部分が事実誤認で始まってしまうと、〆の部分もアレレな展開になってしまうわけです。
韓国人はYOASOBIに熱狂し、日本人はNewJeanssに心を奪われる。そんな時代がすでにやってきているのである。
イヤイヤイヤ…。
記事主さんの場合、JBpressにあったプロフィールによると、1992年生まれなのでわからないのも仕方ないかもしれませんが、日本のアイドルは2000年代初頭でもかなりの人気でした。私は2006年の嵐の単独公演を現地で取材しましたが、こんなに人気があるのかとかなり驚かされました。先ほど書いた山下智久やKATーTUNが所属していた大手事務所のアーティストはとにかく熱狂的なファンが多かったなぁという印象です。
なので、私に言わせれば、すでに15年以上前の段階で
韓国人は嵐や山下智久に熱狂し、日本人は東方神起やBoA、少女時代、KARAに心を奪われる。そんな時代がすでにやってきているのである。
な~んてことを感じていました。あ、趙容弼や桂銀淑、金蓮子に熱狂した世代もいるな。
最後に。今回の取り上げた記事の場合、前提条件が間違ったところからスタートしているため、まったくもって残念な内容 になってしまったようです。まぁ、日韓の音楽交流のおさらい的な記事と考えればいいかもしれません。
ただ、絶対に間違って記憶してほしくないのは、「YOASOBIが韓国の音楽番組で初めて日本語で歌った日本人アーティストではない」ということです。